武術では、欧米には存在しない身体運動の技法があります。
その動きは、最小の動きで最大の力を発揮する動きを求め、相手の力を抜く動きや、相手に隙を出させる動きとして作用します。

 強い相手に押さえられた状態から全力で手を上げようと無理したために上腕二頭筋の筋が音を立てて切れてしまった人がいます。
これは強い力に対して腕の部分的な力で対応した結果です。
「合気上げ」という技は、この様な状態から手を上げることができるのですが、動作のもとは上腕ではなく外からは見えない背中と下腹の部分にあり多数の関節を同時に機能させることによって総合的に大きな力を出すと同時に相手の力が入りにくい状態にします。
(空手家 時津賢児 「武的身体をつくる」より)

スピード

 連続して長い時間、本を読み続けているとふいに「書き手が次に何を言うかがわかる」瞬間があります。
読み手は書き手が「まだ書いていないこと」を「もう読んでいる」。
このとき時間の流れは一瞬だけ未来から過去に向かって「逆流」しているのです。
「読みつつある現在」をいわば「前未来形」における「過去」の位置にずらして「現在」をあたかも「過去」であるかのように回想しながら読んでいるのです。
この「読み」はそのまま武道にも通じるものです。
相手の「次の動き」を「読みきる」ことができた者は時間的なアドバンテージを握り、流れを統御します。
時間的に立ち遅れた者はそこで生じた遅れを「キャッチアップする」という仕事に完全に忙殺されてしまいます。
武道における「スピード」とは単に空間座標上のある地点に相手より早く到達するという意味ではなく、むしろ時間座標の中で「相手より先に未来に達する」というのに近いのです。
つまり、武道における「スピード」の本質は「速さ」ではなく「早さ」にあると考えます。
(合気道家 内田樹 「過去に棲む者から未来に棲む者へ」 より)

残心

 武道では技の終了後「残心」を残すのですが、この「残心」という行為は術者が「主観的に先取りした時間」と「客観的に流れている時間」のあいだの「たわみ」を補正して元の時間流に戻る働きをしているのかもしれません。
 映画「座頭市」のシーンの中で剣を鞘に納めるシーンがあります。
無音の中「チーン」と鍔鳴りの音と同時に斬られた者が四方に倒れる1シーンなのですが、この「音が止まる」という演出は「時間の逆流と復旧」という出来事をみごとに図像化しているといえないでしょうか。
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